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ルーツは、鎌倉時代末期より農耕用として兵庫県但馬地方から黒毛和手の牝牛のみ導入し、恵まれた気候と清らかな水の伊賀盆地で育てられ、近江・松坂方面に肉牛として出荷されていました。
江戸時代に伊賀地方により全国に派遣されました伊賀忍者は、戦争食として「伊賀肉」の天日干しを食して体力づくりをしたと伝えられています。
伊賀盆地特有の気候・風土と永い歴史が「伊賀牛」を創り上げました。その豊かな緑と清らかな水、そして厳しい寒暖の差から生まれる芳醇な香りとコク、とろけるような柔らかさは、神戸・松坂をしのぐとさえ言われています。また、「伊賀牛」は全頭黒毛和種の牝で厳選された血統の処女牛を利用していますので「肉色鮮やか初霜の如し、食して柔らかく風味良し」と唄れております。
現在「伊賀牛」は全頭コンピュータ管理で、各牛の出生から成績まで登録されています。安全で安心できる良質肉牛をぜひご賞味下さいませ。
数々の賞に輝く(主なもの)
昭和28年
全国肉牛共進会 構成大臣賞受賞
昭和40年
近畿東海北陸連合肉牛共進会 優等2席
昭和43年
近畿東海北陸連合肉牛共進会 優等4席
昭和46年
近畿東海北陸連合肉牛共進会 名誉賞(農林大臣賞)
昭和48年
東京肉食市場落成勤事業 全国枝肉共励会 優等賞
昭和50年
近畿東海北陸連合肉牛共進会 優等2席
昭和53年
近畿東海北陸連合肉牛共進会 優等1席 上位賞を完全独占 優等2席 優等3席
昭和58年
近畿東海北陸連合肉牛共進会 優等1席 上位賞を完全独占 優等2席 優等3席
昭和61年
近畿東海北陸連合肉牛共進会 優等3席
昭和62年
近畿東海北陸連合肉牛共進会 優等2席
平成元年
近畿東海北陸連合肉牛共進会 優等1席 上位賞を完全独占 優等2席 優等4席
平成 2年
近畿東海北陸連合肉牛共進会 優等3席
平成 3年
近畿東海北陸連合肉牛共進会 優等1席
平成 6年
近畿東海北陸連合肉牛共進会 優等2席 その他毎年上位賞を受賞
伊賀牛の歴史
和牛は、鎌倉時代の役利用に使われ、牛の産地として1310年の「国産十図」に、大和牛として伊賀牛は記されている。
明治38年初めて肉牛を東京へ初出荷する。以降肉牛の積載は、年々多くなり、伊賀牛の名声も全国に広まった。
昭和初期から昭和20年代にかけては、気候の良い水の清らかな伊賀の土地で肉牛の素牛として育てられ松坂方面及び、近江方面に出荷されていた。近江牛の大半は、伊賀の素牛であったといわれている。
昭和28年5月1日、伊賀の肉屋さんが中心となり伊賀牛振興協議会を設立し、戦後初めて、全国肉牛共進会に出品した肉牛は、厚生大臣賞を受賞。
組織的な「伊賀牛」の生産は、昭和31年に始まり、伊賀全域へと波及的な広がりを見せた。
各農協、経済連の推進努力により肥育牛も増頭されたので、昭和37年9月20日、肉牛の生産振興を目的とした、伊賀産肉牛生産振興協議会が発足、組織の結成とともに飼育頭数も増え伊賀牛の名声も県内外で高まった。
昭和40年農林省の和牛肥育指定地域となる。
その後、各農協、経済連の推進により素牛の預託制度、飼料の貸越し、牛の導入販売、飼育技術の指導などにより、飼育頭数も増加した。
昭和57年10月16日に伊賀産肉牛振興協議会の功績に対して農林水産大臣賞を受賞し、今後の伊賀牛振興の励みとなっている。
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